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民吉「修業地への感謝の気持ち」(No.327)

更新日:2023年2月2日

ID番号: 32963

 磁祖加藤民吉翁の生誕250年を記念して民吉の顕彰事業を実施してきました。第6次瀬戸市総合計画に示す将来像「住みたいまち 誇れるまち 新しいせと」の「誇れるまち」というのは、素晴らしい先人たちの活躍や恵まれた自然の資源、永年にわたって培われた伝統文化、そして素晴らしい先人たちの活躍を改めて誇りに思うことでもあります。その資源や功績を次代に継承させていくことを通じ、郷土愛の醸成や新しい価値の創造をしていかねばなりません。

 したがって、磁器産業の発展とともに瀬戸を復興させた民吉が、技術を学びに修業した九州各地を私たちがもっと着目し、感謝をしながら交流すべきであることを忘れてはなりません。

 陶器から磁器製造へシフトをしていくなかで、困難であることを知りながらも磁器産地の九州を目指し、その製法技術習得のため単身で出かけた決断には、ただただ感服するばかりです。見知らぬ土地にただ一人で、瀬戸にゆかりのある天中和尚が住職を務める東向寺(本渡:現天草市)を訪ね、「修業の紹介をお願いした」ことからすべては始まりました。その後、天草・高浜の上田源作窯や三川内で修業し、最終的には佐々・一の瀬皿山(現:長崎県北松浦郡佐々町)の福本仁左衛門窯で約2年間修行をしています。この「修業」の姿を理解するとともに、地域の方々にとって、民吉の姿はどのように映っていたかを知ることも重要な視点であると思います。

 こうしたなか、民吉に関心を持っている市民の方から、佐々町の広報誌『広報さざ』1月号に瀬戸のこと、民吉のことが取り上げられているというメッセージをいただきました。瀬戸から遠く離れた佐々の方々が「瀬戸」や「民吉」との結びつきを大切にしてくださっていることに心から感謝する気持ちと、先人たちの足跡から学び、それを市民に伝え続けることの重要性を訴えていました。 

 時代は大きく違いますが、民吉の「人としての生きざま」は、今でも大いに勉強になると思います。今後も、佐々町や九州修行をはじめとする民吉の生き方をさらに追ってみようと思います。

 

令和5年1月30日

瀬戸市長 伊藤保德

 

 

 

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このページに関するお問い合わせ先

シティプロモーション課
電話:0561-88-2658

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