有田(ありた)・九谷(くたに)などでは色鮮やかな上絵(うわえ)磁器が中心に生産されていましたが、瀬戸ではそのほどんどが青一色の染付焼でした。瀬戸の染付磁器は透けるような白い素地と、地元の呉須(ごす)や中国産の呉須による際立った発色、横井金谷(よこいきんこく)・伊豆原麻谷(いずはらまこく)・亀井半二(かめいはんじ)等、南画(なんが)系などの本画師(ほんがし)・文人(ぶんじん)の指導による絵画的な絵付など、瀬戸染付(せとそめつけ)ならではの特長を有していました。中でも、ワリガキ(輪郭線描き)して濃み(ダミ、塗りつぶし)をするという絵付方法ではなく、付立筆(つけたてふで)一本であたかも水墨画(すいぼくが)のように写実的にそして繊細な濃淡で描かれた染付画は、瀬戸染付(せとそめつけ)の大きな特徴となっています。これら華麗な瀬戸染付技法は、文化・文政年間(1804〜30)には確立し、加藤民吉(かとうたみきち)・吉右衛門(きちえもん)兄弟をはじめ、加藤忠治(かとうちゅうじ)、川本治兵衛(かわもとじひょうえ)(二代・三代)、川本半助(かわもとはんすけ)(四代)などの名工を輩出しました。そして、一品制作的なものから、煎茶具(せんちゃき)や食器に至るまで、多種多様な染付磁器が数多く生産されていきます。

染付花鳥図風炉敷
川本治兵衛(三代) 19世紀前期   
25.9×25.7
瀬戸市歴史民俗資料館蔵